貂なき森の鼬

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짜장면  ならぬ 짜장밥 が好きです。
なぜなら美味いからです。

この店のチャーハンは
日本の味に近くてバカに美味いです。

激赤色のチャンポンスープは
喉にくるとダメなのですが海鮮ダシが抜群です。

キムチはごく普通です。
相対的に韓国の中華のレベルは高いですが、
キムチはそうでもないと思われます。



先週みた新宿梁山泊の芝居に続き

初めてNANTA(という舞台・パフォーマンス)を観ました。


そしてなかなかにオモシロかったわけです。
とりわけ冒頭の道教? それ風に見えた楽器の場面、声明にしびれました。


10年くらい前
ストップオーバーで初めて1人でソウルへ来た時
頼まれてチケットを買いにいった記憶がしのばれます。

まさか観る日がくるなんて。
まさかこんなに時間が経ってからになるなんて。


慣れない街中で あくせくしたのが蘇ります。
あれは 光化門だったのか あの宿は大学路だったのか。


屋台のオデンのスープのありえない辛さにおののき
戦争博物館で良い感じのロウ人形群を激写しながら
ラストの展開に涙したことが蘇ります。
あれは三角地だったのか。



当時 
わたしの中で旅行といえばアジアで
韓国は韓国であってそれ以下でも以上でもない存在でした。


似たような でも確実に違う
それでいて
私と近い血が流れているのであろう遠い人達の国。


中国よりは親近感があるけれど 美しいとは思わず
インドやベトナムよりは遥かに近いけれど 魅力的ではなかった。


さして興味をそそられるモノがあるわけでもないのに
私に深く関係している国。


中途半端に気になり おそらく影響は多大。
憎しみというよりも 
やっかいさ 複雑さという感情が何かと私の邪魔をした。


今はさらにそれが 増幅し消滅し 
姿かたち色すべてが混乱を極めている。


嫌いになれればどれほどいいのだろう。


拒絶するには 
あまりに理由はお粗末だ。


覗きこめば
じぶんの顔が映っては深くにごる
たとえようもなく 哀しい沼


ひとえに愛せたら どんなにかよかったというのに。




はて


人間の型が古くなってくるにつれて 
さほどスマートさを求めなくなってきたようです。

清潔であるに越したことはないけれど 
快適さは特に必要ではない気がしてきました。


ほとんど手を加えていなかったり 
放置だったり
え そっち?って事になっていたり がまぶしく映ることが増えました。


格好悪いことや恥ずかしいことは好きでないのですが
実際 昔からやってることや有り様はそういうことなので
まぁ それはそういうことです。



受け入れられないものも現にあって
冗談ぬきで死にたくなるときもままありますが

元よりの性分や嗜好にたいして
少しばかりか近づくことができるようになったような
少しづつ似合うようになってきたかもしれないような


あるものに定まりゆく流れは
安心感でなく
なにかまた少しちがう居心地のよさや高揚を連れてくるようです。



年相応 

さもありなん。


はたまた
時の花を挿頭にせよ ともいうではないですか。



なんのこっちゃら。




否が応でも 
小さな変化が起こり続ける最近の日々です。


何かが

何がしかのさざ波になりうるのでしょう。




今さらなにやってんだろう 
と思いつつ
ぬるいビールがやたらと不味くてぼんやりしてしまう夜です。
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by tanta720 | 2012-03-17 01:49 | 韓国 日々 | Comments(0)